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2007年1月 8日 (月)

残された歌

年の瀬や はたきにふれて なるギター (平成十四年)

 昨年末に母がなくなり遺品の整理をしている。新聞の折込ちらしの余白などに書き込んだ歌が数十あり、休みを利用してPCにインプットしている。特別に短歌などをやっていた訳ではなく、年に数句、正月や記念日などに書いていたようである。その中で唯一、ギターについての句があった。年末の大掃除ではたきがギターにさわりボーンと音がした様であろう。

 平成九年に、両親はそれまでいた家から長男夫婦の家の傍の小さな家に移った。もとの家は商売をしていたので比較的広く、子供達の物もそのまま残っていた。子供達が学生時代に弾いたギターは処分し新居には持ってきていないことから、これは引越してから、元の家での大掃除のことを思い出して作ったものと想像される。ひょっとすると除夜の鐘の音のボーンという音からから連想したのだろうか。そういえば、自分も新しい家に移ってからは、以前よりも足が遠のいていた。元の家での大掃除・暮らし、子供達、現在のことなどを思って歌として書き留めたのだろうか。

 ひととおりインプットして思うのは、非常に狭い世界を題材にしているということ。少し悲しくなる。十分幸せだったのだろうか。ただ、今の時代とは感覚が違うのかもしれない。何か外に求めることが良いのだろうか。自分の周りの世界との係わりで十分幸せだったのではないだろうか。この辺のことはまた別な機会にして、次の歌などは、とてもほっとした気分にさせてくれる。

畠仕事 終えて戻りし夫の手に 匂い豊けし赤ばらの花 (平成十年)

 (夫八十歳のとき 柿の木下に咲く水仙 健康で毎日畠仕事に精を出している頃。 畠に咲く眞赤に燃える大輪のばらを持ち来る夫の手の 散歩より戻りし夫の温くき手に ばら・赤きばら・香る) 

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