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2007年2月 8日 (木)

最近読んだ本から

最近めっきり本を読まなくなっていたが、1月から休みなどを利用して意識的に本を読みはじめた。共感したしないによらず、キーワード、筆者の気持ちが出ていると感じた部分をメモ的に書いてみます。

1)これまでに出会った多様な人々が共有するものは、ギターへの愛情である。ギターは、非常な敬意を払われると同時に、蔑まれてもきた。王侯や宮廷でも弾かれたし、酒場や娼窟でも弾かれた。安っぽく鳴らされることにも、高度な芸術音楽の演奏にも奉仕してきた。本書はこの矛盾をはらんだギターの歴史に捧げられた。(日本語版への序文より)
「ギターの歴史(ペーター・ペフゲン 現代ギター社)」
古典くらいまでは面白く読んだが、現代にいくに従って内容が希薄になっているように感じた。アコラのイメージとしてHPに引用しているナルバエズの写本にある絵の説明が書かれており、役に立った。

2)音楽からある情景を思い浮かべ、そのイメージの中で遊ぶことがあるだろう。音楽が昔の記憶を蘇らせ、思い出に酔うこともある。いうにいわれぬ感情を呼び起こすこともある。そうした何かを「喚起する力」が音楽の素晴らしさだと称えられる。また、「音楽は気持ちをなごませ、心を癒してくれる」といわれたりもする。だが、音楽そのものの魅力について語られることは少ないのではないか。(まえがきより)
本文では、音楽とテンポ、拍子とリズム、旋律、音組織と調性、楽器について語られている。
「名曲に何を聴くか(田村和紀夫 音楽の友社)」
音楽の各要素のポイントが分かりやすく説明されている。
 
3)フェルメールの描く女性は、現実のいっさいから切り離された、夢のような時間を手触りのあるものに変えるために選ばれた巫女のような存在だ。彼女たちは、現実のどこにもない「時間」を慕ってやってくる訪問者を待ちながら、独り簡素な部屋のなかに光に包まれて佇み続ける。
「フェルメールの世界(小林頼子 NHK books) 」

4)芸術は衣食住のようになくてはならないものではものではありませんが、人々に生きるエネルギーを与えてくれるものと信じています。

「楽曲イメージ奏法(中田京子 ドレミ楽譜出版社)」
この本で楽譜にすべてカラーマーカーでイメージを色付けし演奏することを指導していることが書かれていた。自分もマーカーを使ってポイントとなる表情をメモっておくことをしているが、ここまではちょっとやりすぎでは。

5)いまなおヨーロッパの規範に追従して技術をみがき   
洗練されたうつろな響きを                   
特殊奏法やめずらしい音色や道化芝居でかざりたてて 
利益と地位だけが目当てのものたちばかりだった    
いまコンサート会場に音楽はない              
きそいあう技術や書法や確信にみちた態度        
持てるものがもっと持ちたいという欲望           
そのための神経症的な努力 (いまここに立つより)

音は滅びない                          
始まりも終わりもない音楽(音は生まれずより)

音楽が終わった後も、もしその感じをもちつづけることができるなら 
生活は変わらない。生活する身体が変わる。 
音楽は必要でないもの、実体のないもの、空になるだろう。 
だからといって、音楽を止める必要はない。 
音楽は必要にしばられないものとして、自由になり、
実体のない一瞬の幻として、いとおしく、空なるものとして、
さらにうつくしくなる。 (音の輪が廻るより)

「音の静寂 静寂の音(高橋悠治 平凡社)」
ちょっと硬直した人だなという感じ。ただ音楽が必要ないものとなってはじめてさらにうつくしくなるという機微が良く表現されている。
   
6)音:音色、つまり音の表情は、音楽的な耳次第で決まる。ピアノ奏者は、弦の振動の持続を、完全にその振動が止まるまで捉えきってはじめて、その音の質を理解したのだといえる。
フレーズ:音の弧を、つまりその頂点と減衰と落下点を聴き、しかもそれを空間的に思い描くこと 。フレーズの始まりの音、支点(強拍)の音、頂点の音、そして最後の音。フレーズに見合った息の量
様式:ゴッホは両極端の激しさを釣り合わせるために人生を費やしたと語った。彼の「光輝を放つ太陽の荘重さ」をフェルメールの光の神秘、その繊細な透明性と取り違えることはありえない。
練習方法:あらゆる指示記号を尊重する。ゆっくりとしたテンポで完全に分析してこそ、早いテンポを身につけることができる。
「若いピアニストへの手紙(ジャン・ファシナ 音楽の友社)」
西洋音楽の根本的語法を示した書として小澤征爾が推薦している。フランスに学んだがすぐ見切りをつけ東欧で学んだと書かれていた。ピアニスト向けだがギタリストにも当てはまる点が多い。最近、この様な内容はマスタークラスなどできくことが多い。今年も3,4月に笠間でクールシュヴェール国際音楽セミナーがある。ピアノ、ヴァイオリンの10日間ほどの講習会。2年前、聴講し、面白かった。ギターは、ピアノとヴァイオリンの中間的なところがあり、各々のソロ演奏のスタイル、表現法などが新鮮で参考となろう。

7)フェルメールの黄色い女性の人物は、モーツアルトに似合う。特にこの「レースを編む女」はそうだ。実に独特な黄色い陰影、散乱し、消えゆく光。「リュートを調弦する女性」には、ほとんど催眠術のような作用がある。黄色は一箇所しかないのに、だ。
「リヒテルは語る(ユーリー・ボリソフ 音楽の友社)」
リヒテルがフェルメールについて語っていたということに正直驚いた。

8)打楽器は鼓動への切望 、管楽器は呼吸からの開放。人間が生きていると実感するもので、祭礼・儀式に使われた。昔、バグダットの音楽家が4弦のウードを5弦にし、イスラムを追放された。4弦は四臓にあたるとされていたが、追加した1弦は魂と主張した。
打楽器、管楽器の軍楽楽器に対し、弦楽器は「情」「煩悩」の象徴 。魂とは、情、想い、心
統計学的には、女性にもてる楽器は打楽器。ギターは根暗オタクとなっており、全然もてない 。
プロは「ハッタリという嘘がつける」。何が本物か嘘か知りつくしている 。アマは「嘘をついてはいけない」。最も尊い音楽形態はアマ。アマの最も正しい形態は自分独りのために演奏する音楽。その延長で仲間と楽しめたら最高。素敵なアマによりプロのやりがい、真剣さも増す。そんな素敵な時代を祈る。
「スロー・ミュージックで行こう(若林忠宏 岩波書店刊)」
現場で演奏している人で、現実的な話が書かれている。ギターという楽器について、的を得た理解のように思う。

ここに引用したことはそれぞれの本のほんの一部です、またフィルターがかかっているかも知れませんので、興味があれば実物を読んでくださいね。

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