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2007年5月12日 (土)

運指、など

少し前の事である。
タンスマンのカバティーナから何曲か練習していた。
自分の運指は、大まかには、①音価を守る、②メロディの繋がりを考える、
③テクニック的に難しい部分を弾きやすく工夫する、という優先順位である。
これで行くと、①で大体ポジションが決まり、それほど任意性は出てこない。

レッスンで演奏したところ、師匠より修正を求められた部分があった。
それは、運指というより、もとにした楽譜自体の修正といった方が正しい。
うっかりしていたが、もとにした楽譜は、作曲者がギタリストでないため、
ギタリストの監修で出版されたものたっだ。この場合、編曲と考えた方がいい
部分が入ってくることがある。
学生時代、コンポステラ組曲で行き詰ったことがあった。
楽譜に書かれた音符と運指、ポジションの関係が理解できない部分があった。
最近、オリジナルのアーカイブ版がでて、大分見通しが良くなったという経験
をしていた。(昔の版では、音楽の表情記号もその運指に連動するように
付け加えられていたので、余計に迷走した)
これも同様のケースだ。
師匠からは、作曲者の意図は出版譜面とは違っていると説明を受け、
ポジション、運指も修正が求められた。音楽に基づいた適切な指摘であった。
出版されている楽譜そのままでなく、作曲者の意図を汲み取ることが大切だ。
ここまでは、自分でも理解できた。

その後、S.グロンドーナのカバティーナの演奏を観た。
おー、全然違うポジションで弾いている。
良く分からないが、多分、和音などは音価どおりには弾いていないはずだ。
おそらく音楽性を優先しての大幅な変更だろう。ハイポジション、ハーモニックス
を多用している。多分、音楽の流れ、メロディ、音の質を優先しているように
思うが、ポジションの移動も大きく、困難な演奏技術を必要とするように
思われた。こうなると、左手に関する自由度が大きく、運指のつけ方も多様化
してくる。楽器の鳴りによっても変わってくるような気がする。
また、ホールの状況によっても変わるのだろうか。おそらく影響してきそうである。
ホールの残響が長いのであれば聴衆の耳には音価いっぱいに押弦する必要
はなさそうである。むしろ、切り美味にしたほうがすっきり聞こえ、適切なのでは
ないのだろうか。
話は少しそれるが、聴衆を考えた演奏では、低音は減衰しやすいので奏者の
耳にはやや大きめに弾く必要があるという話がある。
この考えでは、手元にマイクを置き録音するようなときは、また演奏を変える
のだろうか?右手の技術だけの話か、左手にも影響するのだろうか。

東京国際GCで、中国の奏者が優勝した際、他の奏者は誰もやらなかったが、
彼女とそのスタッフだけは空き時間にステージで演奏し、スタッフが審査席あたり
で音の聞こえ方をチェックし、演奏にフィードバックすることを何度もやっていた。
とても印象的であった。

楽器も遠達性に優れた楽器、手元でよくなる楽器、いろいろある。
PAを通常使用するポピュラー系の演奏家と生音で演奏するクラシックでは
好まれる楽器も違うのだろう。ギターは分からないが、ヴァイオリンは明らかに
違っているようである。あるポピュラー系プロヴァイオリン奏者が話していたが、
PA使用と生音では違う楽器を使うとのこと、蛇足だが楽器の値段とは全然関係ない。

自分にはこういった技術的なことは良くわからない。
自分は、もともと人に聴かせる演奏をするためではなく、自分のためにギターに
触れる時間を持つことを大切にしている。
というか、必要に迫られてギターに触っている。
その観点からは、上記の話題は気にはなるが、相対的に重要度は低い。

こういう道に入るのはしんどいだろうな、とは思う。


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