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2007年10月26日 (金)

ロッシニアーナ・夢想

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マウロ・ジュリアーニは、全貌がなかなかとらえ難い。それは作品数が多いことと、ギターソロだけでなく、他の楽器とのあわせ物が多いことも理由にあると思われる。今週は、ジュリアーニの作品リストをもとに、手持ちのCDを聞き返しているが、なかなか進まない。リストはあるHPから引用したが、最近のCDに付いている情報などからみると誤っている記述が散見される。

こういった作業をしているとジュリアーニが身近に感じられる。ある意味、ソル以上のギタリストともいえる。ジョン・ウィリアムスがシャノンヌを弾いているLPで、片面はシャコンヌ、ダウランド、片面は、パガニーニのカプリスNo.24、ジュリアーニのヘンデルの主題による変奏曲、ソルの魔笛を入れていた。

Images_2 ジョンのギター曲の本質をついた選曲に感心する。その中でジュリアーニのこの曲はテーマの親しみやすさもあるが、魔笛以上に魅力的だった。ジュリアーニは確かに特定の技巧に偏ったところがあるが、穏叙楽章の美しさは特筆すべきと思う。また、本質は歌心であると感じているが、演奏者によってずいぶん違った印象となる。このOp.107は最近ではリカルド、・ガレンの演奏があるが、これはジョン以上に素晴らしい。

前置きが長くなったが、ジュリアーニの名曲にロッシニアーナがある。Op.119から124まで6曲ある。第1番は既に定評がある。1823年、ジュリーアーニが42歳のときナポリで作曲されたと思われる。これは、ロッシーニの協力を得て楽曲の提供を受けて作曲したといわれている。この点について、専門家の文献などでは明らかにされているのかも知れないが、私は不勉強で承知していない。自分なりに手元にある情報などで想像してみた。ロッシーニは、ベートーヴェン以上に当時人気があった人物。1824年にパリに出るまで、1815年からナポリで活動している。ジュリアーニは1823年にナポリに行っているのでこの年に二人が会ったのは事実でしょう。

ジュリアーニは、今から200年ほど前の1806年にイタリアのボローニャからウィーンに出て来た。ロッシーニが有名になる20歳代には、ウィーンにいたので、別なところで活動していた二人がなぜそれほど親しくなったのかという点が気になる。当時、パガニーニも活躍していたが、作曲、演奏技術が漏れないよう、楽譜は人には見せないようにしていたという位、大事なものだった。

ジュリアーニの伝記には、1820年から21年、ローマでパガニーニ、ロッシーニと共演したとあるようですが、パガニーニやロッシーニの伝記にはその記録は無いとのことです。

長くなるので、夢想の結論から言うと、1800年、ジュリアーニが19歳のとき、8歳のロッシーニがボローニャに移って来、音楽学校に入学した。ジュリアーニは25歳でウィーンに行くがそれまでの間の6年間は二人はボローニャの町で生活していた。ジュリアーニとロシーニはその頃からの知り合いで、ひょっとしたら、ジュリアーニがロッシーニに音楽やギターを教えていたかも知れないということです。

ジュリアーニとロッシーニがそれぞれ有名になる前から、お互いに知り合いだとしたら、面白いですね。

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