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2008年2月28日 (木)

シュタイドル・宮下祥子ジョイントリサイタル  3月4日

Img05  3月4日、佐川文庫でのリサイタルが迫ってきました。 

1111_3

 

この二人のデュオによるF.ソルの幻想曲が楽しみだ。 

2008年2月18日 (月)

高田元太郎さんからのメッセージ

Takada 4月13日(日)PM:4:30からアコラで高田元太郎さんのギターコンサートがあります。

高田さんから、いろいろ情報を頂きました。

■昨年、タイのギターフェスティバルで活躍した記事がギター誌に載っていましたが、この点について;

タイのフェスティバルですが今までのレオン・クーデラック主催のものはタイ・ギター協会主催「アジア・ギター・フェスティバル」と名前を変えて続行します。
ウーゴ・ヘレール、フラビオ・クッキなど世界的ギタリストが集まるので国際的ですね。こちらは秋に行われます。
今回新設されたのはそこから分裂してしまった、バンコク・ギター協会主催のもので、タイ人が中心となってやっているもの。
今までの名前でこちらが始めてしまったので混乱が起きていますね。

■また、六本木に行くといつも気になるのがSTB(スィートベイジル)ですが、高田さんがそこで演奏すると言うことでした。;

STBでは主にタンゴを演奏します。

■そして、アコラでの演奏ですが;

演奏曲目ですがもう少し詳細をば、
  ・チェロ組曲第1番(バッハ)

 ・「12の歌」より(武満徹)

 ・告白のロマンサ、郷愁のショーロ(バリオス)

 ・アルフォンシーナと海(ラミレス)

 ・ブエノスアイレスの秋(ピアソラ)、他

バッハは19世紀ギターを使用する予定です。

■特別情報; youtube に僕の演奏が上がっているようです。
どうやらファンの方がアップしてくれたようで。  
Gentaro Takada で検索していただくとアランフェスやファリャ、
ピアソラなどが見られます。削除されてしまう前にどうぞご覧ください。

http://www.ijsnet.ne.jp/~dee2jak3/guest2008ooyama.htm

2008年2月17日 (日)

受難

いろいろなことが降って来る。

今日は急遽、昼から出勤となった。自宅でもある程度のことができる環境になっているが、各処と調整するための資料が重たすぎて自宅で作業が出来ない事態となった。

会社での作業はそれなりに進んだが、帰りぎわに右手の薬指の爪がこそっと落ちてしまった。水平に切断されていた。疲労破壊?今日は寒かったことも一因か?家を出るときに中指の爪も端がかけた。

このところ暫くはショートギターをつかっていたせいか、爪のことは気にならなかった。しかし、最近になって普通のギターを弾き出した。そのせいだろうか。

佐藤美枝子ソプラノリサイタル@佐川文庫

Prof_pho1 佐藤美枝子のソプラノリサイタルが水戸・佐川文庫であった。

プログラムは、前半:山田耕筰、S.ドナウディの歌曲。後半:ドニゼッティ、ヴェルディのオペラから名曲の数々が歌われた。

予備知識なしで出かけたが、ドニゼッティは「シャモニーのリンダ」から「この心の光」が歌われた。これは、昨年自分がGiverny Salonで弾いたメルツのオペラからの編曲物Op.27に出てくるメロディでした。ギターではメロディーと低音であっさりしたものだが、歌の方は実に表情豊かです。そうしてみると、メルツが簡単な編曲にしたのは、メロディを相当歌わせることを念頭に置いているようにも思われます。

ヴェルディも「椿姫」から「ああそはかの人か~花から花へ~」、「さらば過ぎ去りし日よ」が取り上げられた。これも、タレガ(アルカスが原作)で有名なギター曲にそのフレーズが出てきます。歌の表現というのは相当に洗練されたものがあり、もの凄く参考になります。ギターでは到底表現できないところがありますが、西洋音楽のベースとしてわかっていることが不可欠と感じました。というのは、テクニック的にというのではなく、理屈ぬきで聴かせるからです。魅力的な表現というのでしょう。20080216195410

もう一つ、素晴らしいと感じたのは、佐川文庫のステージです。写真を撮りましたが、大きな椿の木です。隣のグランドピアノと比べると大きさがわかると思います。「椿姫」にちなんで、赤と白の椿をです。

アンコールも数曲ありました。佐藤美枝子さんの歌う「千の風になって」は感激しました。

普段は行く機会が滅多にないですが、こういうコンサートもいいものです。

http://www.sagawabunko.com/doc/index.html

2008年2月11日 (月)

C.ラヴェルニェル・ギターリサイタル

Mylist_img_0334 クリスティアン・ラヴェルニェルのギターリサイタルがあった。

1979年イタリア生まれで、数々の国際音楽コンクールのギター部門で優勝という経歴をもつ。

プログラムは、前半:バリオス 大聖堂/テデスコ アンドレス・セゴビアの名によるトナデリア/ホセ ソナタ  後半:ブローウェル 11月のある日/ジラルディーノ アルバトロス讃歌/ディアンス ソナティナ・リブラ。

Winter_014

大曲を含む意欲的・多面的なもの。この中で、アンドレス・セゴビアの名によるトナデリアは、同じ作曲家の「プラテーロと私」につながる作品と思われる美しい曲だった。ホセのソナタも十分に繊細さと迫力が伝わってくる大熱演。演奏中のためいきともつぶやきともとれる声も違和感なく感じられた。国際コンクールで活躍するにはテクニックは必要だろうが、この人は、何より音が綺麗だ。

ギターの演奏にも参考となるところが多々あった。

今日は所用があり、打ち上げに参加できなかったのが残念だった。

2008年2月10日 (日)

P.シュタイドル・宮下祥子ジョイントリサイタル@佐川文庫(水戸)

Img_06 水戸市の佐川文庫で開催される、P.シュタイドル&宮下祥子のジョイントリサイタルが3月4日と迫ってきた。

ギターの魔術師の4年ぶりの来日で、今回はどんな演奏を聴かせてくれるのか、楽しみです。

プログラムの中で、彼の自作の曲があります。これについて彼自身の解説を紹介します。

『そして君もイタカにいく ~ 「オブロフスカ讃歌」』

プラハ音楽院に入学した16歳のとき、初めて彼女に会った。
ヤナ・オブロフスカの夫ミラン・ゼレンカが私のギターの先生だった
ので、しばしば彼らの家を訪れ親交を深めた。
このことは私の音楽上の成長に深く影響を与えている。
オブロフスカが作曲したものをゼレンカがギターで弾けるかチェック
するというように、彼らのコンビネーションは絶妙だった。

この曲はオブロフスカへの讃歌である。
16歳の楽しかった想い出~ゼレンカが料理を作って、私がギター
を弾く、そしてみんなで談笑というような~の作品である。

私がクラシックギターを始める前に親しんでいたジャズ、ブルー
グラスの要素、そしてオブロフスカの引用(7度音程)を含んでいる。

http://www.ijsnet.ne.jp/~dee2jak3/guest2008Steidl&Miyashita.htm

2008年2月 5日 (火)

大山光江さんのミニコン(4月13日)

Camelias 4月13日にアコラで開催される愛好家の集い(Giverny Salon)で、大山光江さんのミニコンサートがあります。

◇プログラム  

   H.ヴィラ・ロボス  
   プレリュード 4番&1番
  F.ソル         
   マールボローの主題による変奏曲
  F.タレガ        
   椿姫の主題による幻想曲
  

◇プロフィール
学生時代、ギターアンサンブル部ではじめてギターに触れる。30才ごろより染野司氏に師事しソロ・アンサンブルを楽しむ。
10年ほど前より、北口功氏に師事している。「心に届く演奏」を目指している。ギター文化館、兵庫・翠松苑、近江学堂、三鷹芸術文化センターなどで演奏。

 

   クラシックギターの名曲を名演奏でお楽しみ下さい。

2008年2月 3日 (日)

Fantasie Elegiaque Op.59

Sorkitaguchi_2 フェルナンド・ソルの晩年の名曲Op.59、悲歌幻想曲。

' avec la main gauche seule '

冒頭で、左手のみで音を出すよう書かれている部分がある。この部分を普通に両手で弾いている演奏が多い。

現代のコンサート会場では、左手のみの音では聴き取れないためか。しかし、ソルがあえてこのような指定をしたのはそれなりの訳があるのではないのだろうか。

不協和音で始まり、速い音階、鋭い和音のあと、この部分となるが、ここはソルの意図したような音がぴったりする。タッピングは独特の効果を出すだろう。それにしても、この部分は現代の曲のようなタッピングを聞かせるところではなく、また、実際やってみるとタッピングしにくい音であることがわかる。一般に、通常の奏法でやや小さめに柔らかく演奏されることもそれなりにうなづける。 

ソルのこの奏法の使用に関しては、Op.16の幻想曲では第8変奏のすべてを左手で演奏するように書かれており、Op.59で新たに用いられたものではない。Op.16では、ギターの特殊奏法の効果、オーケストラ的な弱音の効果を狙ったものと思われる。

                                                                     

この悲歌幻想曲を弾いてみて思い至るのは、ソルはこの曲を大きなコンサートホールで弾くために作曲したのではなく、もっと内輪の、ある意味、自分のために、自分で演奏するために作曲したのではないかということ。

左手のみの発音に、この曲に対する思い、ギターに対するソルの晩年の思いのようなものを深く感じます。

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